竜山寺と日本人

オザキという日本人のお客さんがいまして、日本植民地時代に台湾の有名な日本人を思い出されました。岐阜県出身の尾崎秀真(ほつま)と尾崎秀実(ほつみ)親子です。私は学生時代に植民地時期の台湾歴史、台湾原住民の文化などについて勉強しましたので、これら日本時代の台湾文化人.知識人を知りました。親子ともジャーナリストで、秀真は植民地時代に台湾総督府で働いて、政府の博物館に色々な台湾原住民(当時「蕃族」と言われた)の文物を収集しました。壬戌年(1922)に台北市萬華区にある有名なお寺=竜山寺に書道で碑文(ひぶん)を書きました。

春日龍山寺拈華笑口開

欲知觀自在須識鏡非臺

ふつつかですが、日本語に翻訳してみます:

春に竜山寺でお花を摘みて、笑顔満面なり。

観自在を知らんとするには、鏡は台にならざることを識るべき。

台湾生まれ、長男の秀実は幼いころ、植民地台湾で政府の役人としての父親が人力車夫に対する乱暴な振舞いを見て、社会主義意識が生えたそうです。1944年にゾルゲというロシアスパイ事件で、東京巢鴨刑務所で処刑されました。愛国者か国賊か分かりませんが、国を愛する手段は国に愛されないかもしれません。

ちなみに尾崎秀真は当時台湾総督児玉源太郎と親しいです。児玉殿は江ノ島の児玉神社に奉られています。10なん年前に、江ノ島に旅行に行った時、偶然この神社を訪れまして、とっても台湾(九份、阿里山など)と縁の深い神社と知りました。(続き)

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です