基隆観光の見所 巻の2

奠濟宮基隆夜市

史上初めて中国からの政権=鄭成功親子政権は短くて、22年くらいです。1683年に台湾は中国(清朝)の領土になりました。1875年に奠濟宮というお寺が基隆で建てられました。お寺は人気が高くて、前の商店街はのちに基隆夜市になりました。

北白川宮能久親王記念碑

1894-95年の日清戦争で、中国は日本に敗れて、下関条約で領土台湾を割譲しました。台湾人からの抵抗もあったが、最後に北白川宮能久親王が率いた日本軍は北海岸地域(九分仔、瑞芳、暖暖など)を攻めて、松島などの軍艦に乗った兵士も基隆港から上陸しました。

北白川宮能久親王自身が実は先に澳底というところに上陸しました。のちに台南で病で世を去りました。日本政府は1933年に基隆の入船町四丁目で北白川宮能久親王記念碑を立てました。

旭丘指揮所

元々は日本時代に基隆港築港の功労者である松本虎太を記念に、1937年に建てた「松本記念館」です。戦後長期間軍管区内にあったため、「旭丘指揮所」と呼ばれています。

大正八年「〔府技師〕松本虎太(〔土木局基隆出張所長〕不在中代理)」の公文書

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